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魔性か薄幸か

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ルクレツィア・ボルジア。


本当はボルジャという発音のほうが本当の発音に近いそうですが。

ルクレツィアはローマ教皇アレクサンデロ6世の庶子として生まれました。
教皇は妻帯できないので、母は愛人、ということになるからです。

彼女には3人の同母兄がいました。チェーザレとホアン、ホフレ。
そう・・・長兄はもう一人のボルジア家の有名人、チェーザレ・ボルジアです。
(長兄はホアンという説もありますが、不確定です)

兄妹たちの父はスペイン人で、強欲な権力者でした。
毒殺を得意としていて(!!)、枢機卿たちを秘伝の毒薬で(!!!!)次々と殺害して、財産を奪っていったのです。
こんな教皇もいたんですね・・・;;;

修道院で育てられたルクレツィアは、13歳でペーザロ伯ジョヴァンニ・スフォルツァと政略結婚させられます。

しかし夫とは気が合わず、彼女は出戻ってしまうのです。
父のアレクサンデル6世は、この結婚が「白い結婚」だったと主張して離婚を宣言します。

「白い結婚」とは、形ばかりの夫婦であり、一度も寝室を共にしなかった結婚、ということです。

出戻ったルクレツィアは、田舎の修道院にこもってしまいますが、彼女はそこで初めての恋に落ちるのです。

スペイン人従者のペドロ。この恋は、意外な終わり方を迎えます。

兄のチェーザレが、口答えしたという理由にならない理由でペドロを殺してしまったのです。
ルクレツィアは、悲しんだでしょうか?
悲しんだと思いますが・・・兄を恨むことはなかったでしょう。なぜならば、兄妹はこの後も仲が良かったからです。

18歳で死んだペドロの子供を密かに出産するとすぐ、彼女は2度目の結婚をさせられました。
ナポリの王子、アルフォンソです。

この結婚はうまくいったようです。アルフォンソはルクレツィアの可憐な美しさを愛したし、彼女もまた、1歳年下の美青年であったこの2度目の夫を愛することができたようです。

やっと幸せが訪れたのに・・・この結婚はたった1年で終わりを迎えました。
夫は暗殺されそうになり瀕死の重傷を負い、あまりの苦しさに自殺してしまいました。
彼女は20歳で未亡人になったのです。

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そして21歳で3度目の結婚。
フェラーラ公の息子アルフォンソ1世、奇しくも死んだ夫と同じ名前です。

翌年に妊娠、体調が悪くなったルクレツィアに、兄のチェーザレがなんと出産まで付き添いました。
戦争や策略で多忙であり、妻ともろくに会わないチェーザレが、数か月妹に付き添ったのです。
こんなことからも、二人の近親的特別な関係がうわさされるのです。

ルクレツィアは女児を死産します。

23歳の時に、父が亡くなります。強欲な悪人の父らしい死に方でした。
ある枢機卿の財産を奪おうとして秘伝の毒を飲ませようとして、誤って自分が飲んでしまったのです。
このとき、兄のチェーザレも同様に服毒してしまい、父子は生死の境をさまよい、息子だけが助かりました。

そしてボルジア家の崩壊が始まります。
父亡き後、九死に一生を得た毒で弱ったチェーザレは、敵に責められてスペインにのがれ、結局戦死してしまいます。
ルクレツィアが27歳の時です。

39歳で出産後まもなく、母子ともに死亡してしまいます。

波打つ金の髪、白い肌、永遠の少女のようにきゃしゃな体型。

妖婦と天使、二つの顔を持つと言われたルクレツィア・ボルジア。

人は誰だって、よい面と悪い面を持っているし、彼女だって例外ではありません。
慈善活動に熱心で、貧しい人々に救いの手を差し伸べたり、芸術家たちを保護したり、平民たちに思いやりを見せました。


その一方で、あまりにも特殊な家系に生まれてしまったために、権力のために利用されて、愛する人たちとも引き裂かれて、その寂しさを埋めるための浪費や乱交も繰り返しました。

薄幸の女性のようにも言われますが、それでも彼女は自分の運命に流されることなく、それなりに自分の人生を生きた女性だと思います。
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